ADHD治療薬の供給危機について

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はじめに

 現在、ADHD治療薬「コンサータ」の全国的な供給不足が深刻化し、多くの患者が治療を継続できない事態が起きています。[1]
 仕事を継続できない、学業を進められない、日常生活が機能しないという当事者からの悲鳴が相次いでいます。
 この危機は、単なる一時的な供給トラブルではなく、日本におけるADHD治療の選択肢の乏しさと、患者の利益よりも規制を優先させてきた政策の矛盾が露呈した結果です。
 本声明では、この問題の根底にある構造的課題を整理し、当会の要望を述べます。

日本におけるADHD治療薬の歴史的経緯と規制の矛盾

2-1. リタリン時代から続く規制主義

 メチルフェニデート(リタリン)は1958年に日本で承認され、当初はうつ病治療薬として使用されてきました。
 海外では1960年代からADHD治療の主力薬として広く使用されていたにもかかわらず、日本ではADHDへの適応がなく、医師による適応外使用に頼らざるをえない状況が長年続いていました。

 2007年、メディアが報道したリタリンの不適切処方や乱用事件により、社会的問題化しました。医師不在での処方や、インターネットを通じた不正流通などが報告されました。
 これらは確かに深刻な問題でしたが、その後の規制強化は、患者の治療アクセスを過度に制限する代償を伴いました。
 乱用防止という名目で、正規の患者の治療機会まで奪う結果となっています。[2][3]

2-2. コンサータ導入と流通管理の二重構造

 2007年にヤンセンファーマが徐放型メチルフェニデート「コンサータ」を発売し、乱用リスクを低減する製剤として位置づけられました。
 しかし同時に、登録医・登録薬局制度という世界的に見ても例外的に厳格な流通管理が導入されました。
 この結果、患者が薬を受け取るまでに複雑な登録手続きが必要になり、地方患者や多忙な就労患者にとって大きな障壁となっています。[4]

2-3. 成人患者への選択肢の極度の欠如

 2012年12月にコンサータの成人適応が追加されたことは進歩でした。
 しかし、日本で承認されているADHD治療薬は、現在わずか4剤のみです:[5]

  • コンサータ(メチルフェニデート徐放錠) — 小児・成人両対応
  • ストラテラ(アトモキセチン) — 小児・成人両対応、だが2024年11月から供給停止[6][7]
  • インチュニブ(グアンファシン) — 小児・成人両対応
  • ビバンセ(リスデキサンフェタミン)小児のみ(6〜18歳)、小児期から継続使用の成人のみ

 対照的に、アメリカではアデロール、デクセドリン、複数のアンフェタミン系製剤など、20種類以上のADHD治療薬が承認されており、患者個々の症状や副作用耐性に合わせた治療選択が可能です。

現在の供給危機の原因と連鎖

3-1. ストラテラの供給停止がコンサータへ流出

 事態が深刻化した直接的な原因は複数あります。
 まずストラテラについて、製造工程で発がん性懸念物質「N-ニトロソアトモキセチン」の混入が判明し、先発品の新規製造が2024年9月に停止されました。 [6][7]
 これにより多くの患者がストラテラからコンサータへ処方を切り替えることを余儀なくされました。

3-2. コンサータ自体の需要急増と供給不足

 ヤンセンファーマの公式発表によれば、コンサータの供給不足の主因は、使用患者数の増加により需要が供給を上回っていることです。
 2025年9月下旬から出荷制限が始まり、11月〜12月にかけて在庫不足が深刻化しました。一部の薬局では「今月21錠しか出せない」といった状況も報告されています。[8]

 供給回復の見込みは2026年初頭とされていますが、これはあくまで現時点での見通しであり、確実性は不明です。

3-3. 構造的な選択肢の欠如による問題の拡大

 もしも複数の代替薬があれば、この危機はここまで深刻化しなかったのです。
 ビバンセの成人適応があれば、アンフェタミン系薬剤が利用できるため、患者と医療者は他の選択肢に流れることができました。
 しかし日本では、それらの選択肢が存在しないため、全患者がコンサータに集中し、供給不足が直接患者の治療中断につながる構造になっているのです。

日本独自の規制障壁:選択肢の少なさの本質

4-1. ビバンセの成人未承認—なぜ改善されないのか

 ビバンセ(リスデキサンフェタミン)は、アンフェタミン系のプロドラッグで、海外ではアメリカなど23カ国以上で小児・成人両方に広く承認されています。
 ただし日本では2019年の承認時から、小児(6〜18歳)のみに限定されたままです。

 成人への臨床試験が進まない背景には、製薬企業の経営判断だけでなく、日本における規制環境の不確実性も関係しています。
 乱用リスク懸念による規制圧力を考慮すると、企業が成人適応の追加に慎重になる構図が生まれています。
 これは、患者の利益よりも規制リスク回避を優先させる環境そのものが問題です。

4-2. アンフェタミン系製剤の未承認—「覚醒剤」というレッテルの壁

 米国では、アデロール(アンフェタミン/デキストロアンフェタミン)やデクセドリン(デキストロアンフェタミン)がADHD治療の主力薬の一つです。
 しかし日本では、これらはすべて「覚醒剤」に該当する物質として、ほぼ全て未承認です。

 確かに、メタンフェタミンの乱用は日本の深刻な社会問題です。
 しかし、医学的には同じ問題行動を引き起こすメタンフェタミンの不正流通を抑止すべき対象であり、医療用のアンフェタミン(特に異なる光学異性体や製剤化)をすべて禁じる必要はありません。
 むしろ、厳格な流通管理システムの下で、適切に処方・管理されるならば、メチルフェニデートと同等の安全性で運用することは医学的に可能です。

4-3. 他に欧米で使用可能な薬剤の未導入

 欧米では、以下の薬剤がADHD治療に用いられています:

薬剤作用機序米国での適応日本での承認状況
ブプロピオン(ウェルブトリン)ノルアドレナリン・ドパミン再取り込み阻害ADHD治療に使用例あり未承認
クロニジンα2受容体刺激承認ADHD治療で他の適応(高血圧)で承認のみ
グアンフェシン(インチュニブ)の⾼⽤量レジメンノルアドレナリン作用成人でも承認日本でも承認されているが、成人への使用は限定的

 特にブプロピオンは、コンサータとの併用やコンサータ不耐用患者への代替選択肢として有用である可能性が指摘されていますが、日本ではADHD治療適応で利用できません。

当事者の実際の困難と医療機会の喪失

 当会に寄せられている声を一部紹介します:

「コンサータがないと仕事ができない。在庫不足で処方できないと言われ、休職を考えている」
(就労中の30代当事者)

「新しい職場の実習が来週に迫っているのに、コンサータの流通がストップしている。どうしよう」
(求職中の当事者)

「一日寝込んでしまった。薬がなくなると、すぐに体調に大きな影響が出る」
(自営業の当事者)

 これらは単なる「不便さ」ではなく、患者の経済的自立、社会参加、人生設計そのものを脅かす問題です。
 ADHD治療薬は「利便性」ではなく「生活と就労の必需品」なのです。

当会としての要望

6-1. 緊急対応:コンサータの安定供給を最優先に

  1. 厚生労働省はヤンセンファーマと協力し、コンサータの生産体制の強化と迅速な供給復旧を最優先課題とすること(生産体制の拡大に向けての補助など措置を講じる)
  2. 供給不足の間も、患者が医療アクセスを失わないための代替措置(例:ストラテラ(後発品)の限定的継続供給、他の承認薬への切り替えサポート)を整備すること
  3. 流通管理システムの運営を見直しし、登録医・登録薬局制度の手続き簡素化を検討し、患者の迅速な薬アクセスを確保すること

6-2. 中期的対応:医療選択肢の大幅な拡大

  1. ビバンセの成人適応拡大を急務とする。
     米国で20年近く使用実績があり、安全性データも十分です。厚生労働省は塩野義製薬とシャイアー社から特段要請がなかったため成人期への臨床試験をしていなかったとの回答ですが、早期の臨床試験実施と承認取得を製薬企業に強く要望します
  2. アンフェタミン系製剤(アデロール、デクセドリンなど)の医療用途としての承認検討。
     乱用防止と医療提供の両立は、厳格な流通管理システムの下で実現可能です。専門学会との協働で、規制と安全性のバランスを再検討すること
  3. その他海外承認薬(ブプロピオン、高用量グアンファシンなど)の速やかな承認申請と承認取得を促進すること

6-3. 長期的改革:乱用防止と患者支援の調和

  1. 現在の過度に厳格な流通管理制度を見直し、メチルフェニデート系薬剤の登録医・登録薬局制度を合理化する。
    これは乱用防止を放棄することではなく、適切な患者への確実なアクセスと、不正流通監視のバランスを取ることです
  2. 患者団体・専門学会・規制当局の三者で恒常的な協議体を設置し、政策決定の段階から当事者の声を反映させること
  3. ADHD診断・治療の標準化をさらに進め、すべての患者が質の高い医療アクセスを得られる体制を構築すること

なぜ今、この声明が必要なのか

 過去18年間、日本は2007年のリタリン問題の「教訓」を理由に、世界的に見ても極めて厳格な規制を敷いてきました。
 その結果、ADHD治療薬の選択肢は極度に限定され、患者は単一の薬剤に依存する脆弱な医療体制を強いられてきました。

 今回の供給危機は、その構造的弱点が露呈した結果です。

 乱用防止は重要です。しかし、その名目で患者の治療機会を奪うことは本末転倒です。
 ADHDは生涯にわたる特性です。適切な薬物療法は、患者の生活の質、就労能力、人間関係、自己肯定感を著しく向上させます。
 それは単なる症状緩和ではなく、人生の選択肢を広げることです。

結論:当事者の声を政策の中心に

 当会は、以下を強く訴えます:

  1. すぐに: コンサータの安定供給を最優先に。患者の経済的自立と社会参加が今月、来月で失われることのないように。
  2. 今年中に: ビバンセ成人適応の早期審議開始。企業と厚労省の協働を求めます。
  3. 来年以降: アンフェタミン系製剤を含む多様な治療選択肢の導入検討。これは「乱用防止」と「患者支援」を両立させる道です。

 ADHDは、「管理すべき疾患」ではなく、「適切に支援すべき特性」です。
 規制ありきではなく、患者の利益を最優先にした政策転換を求めます。


発達障害当事者協会
2025年12月25日

参考文献・出典

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